便利なはずのオンラインレッスンで、なぜフランス語が身につかないのか
「オンラインでフランス語を学べば、手軽に始められるし、きっと話せるようになる」
そう思ってオンラインレッスンを始めた方は多いはずです。確かに今の時代、スマホ一つでネイティブの先生とつながれるし、好きな時間に好きな場所で学べます。
でも、本当にそれだけで話せるようになるのでしょうか?
実は多くの日本人が、オンラインレッスンを何ヶ月も続けているのに、フランス語が話せるようにならないという現実に直面しています。なぜなのか、その理由を科学的に解き明かしていきます。
オンラインレッスンの3つの落とし穴
落とし穴1:週1回のレッスンでは脳が変わらない
オンラインレッスンの多くは、週に1〜2回、1回25分程度の構成です。確かに続けやすい設計ですが、これには大きな問題があります。
認知神経科学学会で発表された『脳科学から見た効果的多言語習得のコツ』という論文によると、バイリンガルの人は日本語を聴く時と外国語を聴く時で、脳の異なる領域を使っていることが分かっています。
つまり、外国語を話せる人は「外国語専用の脳の回路」を持っているのです。
この回路を作るには、断続的な刺激ではなく、集中的に大量の音に触れる必要があります。週1回25分のレッスンでは、脳が「新しい回路を作らなきゃ」と判断するほどの刺激になりません。
例えるなら、筋トレを週1回だけやっても筋肉がつかないのと同じです。脳も同じで、集中的な刺激がなければ変化しないのです。
落とし穴2:会話練習の前にやるべきことがある
「ネイティブと会話すれば話せるようになる」
これは最も広く信じられている学習法ですが、実は大きな誤解です。なぜなら、会話練習が効果を発揮するのは、ある土台ができてからなのです。
その土台とは何か?それは「フランス語の音を聴き取れる耳」です。
考えてみてください。赤ちゃんは生まれてから1年以上、ひたすら周りの音を聴いています。そして音を聴き分けられるようになってから、初めて言葉を話し始めます。
オンラインレッスンでは、この「音を聴き取る土台作り」をすっ飛ばして、いきなり会話練習に入ります。これは、調律ができていないピアノを弾こうとするようなものです。
落とし穴3:わかった気になる危険性がある
オンラインレッスンには、もう一つ見落とされがちな問題があります。それは「その場では話せるのに、実践では使えない」という現象です。
レッスン中、講師と楽しく会話できている。「今日は調子がいい!」そう感じる瞬間もあるでしょう。
でも実は、あなたが「話せている」のは、講師が話しやすいように誘導してくれているからなのです。質問のタイミングを調整し、話題を提供し、詰まれば別の言い方を提案してくれます。
しかし実際の会話では、誰も誘導してくれません。自分で話題を見つけ、自分で質問し、自分で会話を弾ませる必要があります。
レッスンで「話せた」という経験は、講師のサポートの上に成り立っている幻想です。これでは、言葉を自分のものとして育てていく土台が築けません。
脳科学が明かす「聞こえない」本当の理由
ここで、なぜ日本人にフランス語が聞こえないのか、その科学的な理由を見ていきましょう。
マサチューセッツ大学と東京大学の共同研究で、驚くべき事実が明らかになりました。それは「各言語には独自の優先周波数帯がある」ということです。
この周波数帯を「パスバンド」と呼びます。日本語のパスバンドは125Hz〜1,500Hzです。一方、フランス語のパスバンドは125Hz〜250Hzおよび1100Hz〜2000Hzと、日本語とはカバーしている範囲が大きく異なります。
つまり、日本人の脳は125Hz〜1,500Hzの音を処理するようにできていて、それ以外の周波数帯の音は「雑音」として処理されてしまうのです。
これは耳の問題ではありません。物理的には音は耳に届いています。しかし、脳が「言語として認識しない」のです。
日本医学英語教育学会の名誉理事長を務める脳神経外科医が行った研究では、英語を話せない人は、英語を聴く時も日本語を聴く時も、脳の同じ領域を使っていることが分かりました。
つまり、フランス語を「日本語フィルター」を通して聴いているのです。これでは、いくらオンラインレッスンを受けても、本物のフランス語の音は脳に届きません。
各言語が持つ「音色」の違い
ここで興味深い実験をご紹介します。
Google翻訳で「Aomori, Sendai, Tokyo」という文字列を、日本語、フランス語、イタリア語、スペイン語で音声再生してみてください。
同じアルファベットなのに、各言語でまったく違う「音色」を持っていることに気づくはずです。これがパスバンドの違いによる「音色」の差です。
多くの語学書には「日本語にある音」と「日本語にない音」という説明があります。しかし、これは大きな誤解です。
正確に言えば、「日本語にある音」は日本語の中にしかありません。「日本語にない音」は、日本語以外のすべての言語の中にある音なのです。
例えば、日本語の「あ」とフランス語の「a」は、一見同じに見えます。しかし実際には、これらの音を発する際に響く椎骨、ひいてはパスバンドが異なるため、まったく別の音になります。
これはギターで弾いたA音とヴァイオリンで弾いたA音を「同じ音だ」と言うくらい乱暴な話です。
本質的な解決策のヒント
では、どうすればフランス語の音を聴き取れる脳を作れるのか?
その答えは、私たちが日本語を習得した時のプロセスにあります。
赤ちゃんは生まれた瞬間から、周りの音を大量に浴びています。そして、生後6ヶ月くらいまでは、世界中のあらゆる言語の音を聴き分けられる能力を持っていると言われています。
しかし、日本語環境で育つことで、赤ちゃんの聴覚は徐々に日本語のパスバンドに特化していきます。これは脳の効率化です。必要な音だけを処理し、不要な音をカットする回路が形成されるのです。
つまり、大人になった私たちの脳は、日本語専用に最適化されています。だからこそ、フランス語の音が「聞こえない」のです。
でも、希望がないわけではありません。東京大学チームが英科学誌「Scientific Reports」で発表した研究によると、大人になってからでも、適切な方法で多様な言語の音に触れることで、脳の音響処理能力を拡張できることが分かっています。
キーワードは「多様な言語」です。フランス語だけでなく、様々な言語の音に触れることで、脳が「もっと広い周波数帯を処理しなきゃ」と判断します。
これは、固まった体をストレッチで柔軟にするようなものです。日本語に凝り固まった脳を、様々な言語の音で柔軟にする。すると、フランス語の音も自然と聞こえるようになるのです。
重要なのは、この過程に「勉強」は必要ないということです。赤ちゃんが日本語を習得する時、文法も単語も勉強しません。ただ音を聴いているだけです。
大人も同じです。まず音に触れる。音を味わう。音の違いを体感する。これが第一歩なのです。
オンラインレッスンで文法を学び、単語を覚え、会話練習をする。これらは全て、脳の土台ができてから初めて意味を持ちます。
フランス語習得への新しい道
フランス語を話せるようになりたいなら、まず「オンラインレッスンさえ受ければ」という考えを手放しましょう。
本当に必要なのは、あなたの脳にフランス語専用の回路を作ることです。そのためには、フランス語の「音色」を深く体験し、様々な言語の音で脳を柔軟にすることが不可欠です。
日本経済新聞でも取り上げられた研究が示すように、言語習得には科学的なアプローチがあります。便利さや手軽さだけで選ぶのではなく、本質的な方法を選ぶことが、遠回りに見えて実は最短距離なのです。
あなたがこれまで「フランス語が聞こえない」「話せない」と感じていたのは、能力の問題ではありません。ただ、脳の土台を作る過程を経ていなかっただけなのです。
正しい順序で、正しい方法で取り組めば、あなたの脳は必ず変わります。フランス語の音が聞こえるようになり、自然と言葉が出てくるようになります。

