謎のマダム・ヴィオレッタ

1995年の春、僕はブルガリアの首都
ソフィアで、一人暮らしのおばあさんの
家にホームステイをしました。

ホームステイを仲介してくれた
会社の資料によると、
ホストのおばあさんはヴィオレッタさん。


名字は今となっては思い出せませんが、
まあそれはさておき。

初めてのブルガリア滞在ということで、
気分はかなり高揚していました。


当時から筋金入りの
言語オタクだった僕は、

早速ブルガリア語の入門書をゲットして、
簡単なフレーズを覚えて現地の人との
交流に挑んだのですが、

付け焼刃の勉強ではやはり限界があり、
結局「媒介言語」に
頼らざるを得ませんでした。


当時、日本では「英語が世界の共通語」
という認識が一般的でしたが、

ブルガリアではむしろドイツ語、
フランス語、ロシア語の方が
よく通じました。


ホームステイ先のおばあさんとは
フランス語で意思疎通を図ったものの、

僕のフランス語はまだ初歩的な段階で、
彼女も学生時代に少し学んだ
程度だったため、

会話はぎこちなくならざるを
得ませんでした。


その中で特に印象的だったのは、
一人称の「Je(私は)」を使わず、

自分の名前を三人称で使う
彼女の話し方でした。


例えば、

Madame Violetta va au supermarché local pour faire ses courses.
(マダム・ヴィオレッタは近所のスーパーに買い物に行きます。)

Madame Violetta a perdu son porte-monnaie il y a un mois.
(マダム・ヴィオレッタは一ヶ月前に財布をなくしました。)

といった具合です。


彼女がヴィオレッタ本人だと
分かっていても、

三人称で話されると、
つい「同名の知り合いでもいるのかな」
と混乱してしまいました。


しばらく不思議に思っていたのですが、
あるとき彼女が

Madame Violetta va aux toilettes.
(マダム・ヴィオレッタはトイレに行きます。)

と言った直後に、
実際にトイレに向かう姿を見て、

「ああ、自分自身のことを
 名前で呼んでいるんだ」
と気づきました。笑


非ネイティブ同士の媒介言語での
会話だったからこそ
生まれた笑い話ですが、

日本人の感覚からすると、
大人になって自分のことを
名前で呼ぶ人って、キモイですよね?


例えば石破首相が
「茂はね、ガソリン税の減税には
 否定的な立場なの。」
と言ったら、

キモイを通り越して、
思わず鈍器で殴りたくなります。

でも、橋本環奈が「環奈はぁ~」
と言い出したら、
僕は独断と偏見で許します。笑


あれ以来、ブルガリアには
行っていませんが、

今でもブルガリア語の音声を聴くと、
マダム・ヴィオレッタの
あの独特な話し方が頭に浮かび、
懐かしさがこみ上げてきます。

この記事を書いた人

20代半ば頃から様々な言語に触れて、勉強するも思うように身につかず、思うように話せない経験を繰り返す。しかしある時、約4万時間に及ぶリスニングと、約2万時間に及ぶ音読を実践する中で、語学習得のヒントは子どもの言語習得過程にあると気づく。その後、自身で試行錯誤を繰り返し、第3の言語習得メソッドを開発。現在は「おとなのためのマルチリンガル講座」の講師を務め、多言語を学びたい多くの人たちに自身のメソッドを教えている。

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